二十一世紀に森鴎外を読むことの意味についてもしくは幽霊なんかいないいないいないいないばあ!Part.2の続き

 昨日「文学の根本は怪談にある」と書いた。なんかちゃぶ台ひっくり返すようで申し訳ないけど、それを根本に持たない人もいる。

 それが森鴎外だ。

理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的だ」というヘーゲルの言葉を鴎外が知っていたかどうかは定かではないが、鷗外の文学は隅々まで「理性」が満ちており、幽霊なんかどこにも居場所がない。

 鷗外の小説、特に晩年のものなどを読むと、鉛でできた岩おこしでも食べているような、なんとも味気のない思いをする、そんな人が多いようだ。なかでも『伊沢蘭軒』『渋江抽斎』あたりは、森鴎外論を著しているような高名な文学者ですら、「あまりに退屈」とつい本音を漏らしてしまうくらいだ。

 

 鷗外の小説は、どれも「家族」の物語だ。舞姫ですらそのように読める。そして家族の持つ強固な倫理が、社会との軋轢を生む。

 しかし、そんなことなら珍しくもない。だいたいドラマというものは、おおよそが家族と社会の軋轢から生まれる。「義理と人情を量りにかけりゃ」というやつだ。そうした通常のドラマの視点から見ると、鷗外の小説はどれもこれも凡庸で退屈に見える。

 

 鷗外の独自性は、その「よくあるドラマ」を飽くまで社会の側から見つめ、それらが社会の側にいるものの目にどのように映るか、ということを淡々と記していることだ。

 しかもそこに、ノスタルジックな視点を持ち込んで読者の共感を貪る、というようなところがいっさいない。

 そのようにして、まったく社会の側からのみ家族を見つめると、「家族」というものがいかに社会を揺るがすか、ということがわかる。

 そうするために、鷗外は歴史小説のようなものを書きつつも、歴史上の偉人と呼ばれる人を題材にしなかったのだと思う。まったく無名ではないが、とりたてて共感をもたれない、尊敬などほとんどされない人を選んでいる。例外は『大塩平八郎』だが、鷗外が書くと、全然普通の人になってしまう。

 そうして人を平板に書いた方が、社会の側からの「家族」の手触りがよくわかるからだ。

 鷗外が書く「歴史」は、人々に大声で広く知らしめるものではなく、社会という理性の場から眺めた、家族という情念の変遷である。

 そういうことがわかっていれば、『渋江抽斎』が退屈などということはもはや言えなくなるだろう。

 

 このようにして書かれた「家族」は、社会にとって幽霊にほかならない。またもちゃぶ台をひっくり返すようだが、まったく「怪談」に寄らず、隅々まで理性によって「幽霊」を書く、ということが鷗外にはできたのだ。ここで鷗外が映してみせた「幽霊」は、昨日のエントリーでデリダが言った「幽霊」に限りなく近いと思う。

 そしてさらに、このような小説を書き得た人は、私の知るかぎりではあるけれど、世界中に存在しない。

 そしてまたさらに残念なことに、鷗外文学のそうした「幽霊」は、翻訳すると消え去ってしまうと思う。

 

 鷗外はすごく家族を大事にする人だった。

 若い頃はずいぶん遊んだし、舞姫を追い返したり一度離婚もしたりしているが、子供たちの思い出話は、いかに鷗外が自分を甘やかしてくれたか、ということを競争で書いているように読める。

 作家といえば家庭を顧みぬ火宅の人、というのが大正デモクラシー以降の通り相場となったが、鷗外はそういう意味でもまったく作家らしくなかった。

 

 うーん、なんか自分の文章まで堅くなってる。鷗外恐るべし。

 

 

渋江抽斎 (中公文庫)