『ザ・ウォール』がこのうえない名画であることについて

 ピンク・フロイドの映画『ザ・ウォール』です。同タイトルのアルバムからイメージして造られたものですね。主演はのちにバンド・エイドで有名になるボブ・ゲルドフです。

 この映画は日本国内で配給の引き取り手がなく、一度は国内上映が見送られたのですが、運動が起こって署名と募金を集め、単館上映の運びとなりました。運動の中心になったのは高橋幸宏氏(まだYMO散開前)だったと思います。私も署名してちょっぴり募金しました。

 

 上映が見送られそうになった理由としては、「難解」だということが言われました。が、もっと難解な映画はいくらもありますし、そんなこと言ったらゴダールなんかどうすんだよ、て話で。

 動員が見込めない、というのも変な理屈で、ピンク・フロイドは当時の日本でも超がつくほど有名なバンドでしたから、ちゃんと宣伝すれば入らないわけがないんですね。

 まあ、なんというか、結局「いろいろカンにさわる映画だから」というのがホントのとこなんじゃないかな、と邪推しています。

 

 何が「カンにさわる」のだろうかというと、この映画は単純な反戦映画とは違って、どのような人間が戦争に賛同「してしまう」のか、深層心理からえぐり出しているからです。さすが「フロイド」を名乗るだけのことはある。

 主人公のピンク(ボブ・ゲルドフ)は母親から厳しく「愛され」、学校で厳しくしつけられ、自我を成長させることのないまま大人になり、ロックスターになっても女性を恐怖し、破壊を夢見ます。

 脆弱な自我を抱え、それを「壁Wall」によって守ろうとする時、排他的な言説を声高に唱え、あらゆる異物を周囲から排除しようとし、戦争を肯定してしまう。主人公がファシストに変化してゆく様は圧巻です。

 公開時はまだベルリンに「壁」がありましたから、よりいっそうリアルでした。

 

 ラストはまったく救いのないもので、主人公の脆弱な自我を創り出した張本人たちが主人公を裁き、判決として「壁をぶっ壊せ!Blake Down the Wall! 」と叫びます。

 ま、確かに壁は壊した方がいい。

 でも、ひょろひょろの自我を生み出すシステムの方はそのまんまだよね?

 で、「そのまんま」で映画は終ってしまいます。

 

 この映画の提示する問題は、今も色あせていません。いや、さらに今こそ求められているように思います。

 と、サザン・オールスターズの『ピースとハイライト』を聞いての感想でした。いじょ。