老いたるカザノヴァの最後のお仕事

 およそ古本屋というものは女性に縁のないもので、ちょっと昔(二、三〇年ほど前か)なら女性客すら珍しがられたものだった。今はそうでもないが。

 そんな世界にいると、女性以上にほとんどお目通りのかなわないのが、「女たらし」という存在だ。自称、というのはたまにいるが、そんなにたいしたことはない。自称女たらしが自称とわかるのは、自慢話を「ふーん」と聞いていると、なんかしらんだんだん不機嫌になって来るからだ。どうやらうらやましがって欲しいようだが、こっちは森山大道の初版を買い逃した方が重要だったりするし、だいたいにおいて自称百戦錬磨のお話というのは退屈なことが多い。

 本物の女たらしというのは、若い頃三人ほど出会ったことがある。

 三人とも独特のオーラ、というか、とにかくしゃべりが上手く、同性にも人気が高いというのが「ほんもの」の特徴だ。女性体験について語っても、嫌みを感じさせないので聞いてて飽きない。おまけにこいつらは、自分から女に告白しない。告白されるように仕向ける。みっともなく口説くなんてこともしない。それでいて「バージンキラー」だったり「別れ際の魔術師」だったり「種まく人」だったりするのだ。やれやれ。

 

 希代の女たらしと言えば、十八世紀イタリアの人、ジャコモ・カザノヴァだろう。晩年に著した長大な『回想録』は、「フランス語で書かれた最高の散文の一つ」と口うるさいサント・ブーブに評され、今も版を重ねている。

 二メートル近い身長、筋骨隆々でありながらしなやかな身のこなし、口を開けば文学・哲学・博物学・占星術・魔術の知識を惜しげなく広げ、博識でありつつ随所に警句を交える語り口は聞く人を飽きさせず、フランス語も堪能(当時上流に上るための条件みたいなもの)だった。

 とはいえ、回想録は戦前の日本では発禁だったので、インテリな方々はこっそり英語やドイツ語のものを手に入れて読んでいた。といってもヨーロッパでも発禁なので、会員制のクラブの限定出版だったりする。当店にも1セットあったりする。全十二巻で五万円。ドイツ語だけど、誰か買って。

 

 カザノヴァが『回想録』を書き綴った晩年、何をしていたかというと、ワルトシュタイン伯爵の城で書物番、というか「司書」をしていた。

 しかしポンパドゥール夫人とも浮き名を流したスーパー女たらしにとって、城の女中や下男との生活は耐え難いものがあったようだ。

「コーヒーやミルク、それに日に一度は食わずにすまされないというマカロニについて、そのヴェネツィア人の司書が不平を言わぬ日はなかった」とリヒネ公爵(ワルトシュタイン伯爵の叔父)は回想する。身をボヘミアに置きながら、やはり老いると食べ物の好みは幼い頃に戻るのだろう。ポレンタ(イタリア料理。右下画像)をデザートに付けろ、と料理人にねじこんだりした。

グリルド・ポレンタ
グリルド・ポレンタ

 さらには、ろくな馬車がない、犬がやかましい、角笛が小太鼓にあってない、ストーブが熱すぎる、伯爵が朝の挨拶を自分からしなかった(そりゃそうだろ)、伯爵が無断で書庫の本を持ち出した(そりゃそうだろ)、せっかくドイツ語をしゃべってやったのに笑いやがった(当時ボヘミア人はドイツ語を話した)、召使いが通り過ぎる時に帽子を取らなかった、などなど。なんというか、老婆のように口うるさくなってしまった。「老いては麒麟も」というのも虚しいが、こうした愚痴を垂れ流しつつ、過去の栄光について延々と書き連ねてできあがったのが『回想録』なのだ。

 

 ナポレオンがヴェネツィアの千四百年の自治を終わらせた翌年、ヴェネツィア人カザノヴァは死んだ。七十三歳だった。

 晩年をお城の「司書」だなんて、こちらからすればうらやましすぎる境遇だが、希代の女たらしにとっては牢獄だったようだ。

 

 

フェデリコ・フェリーニ セレクション カサノバ [DVD]