『はだしのゲン』が読み継がれたのは別に反戦とかじゃなくて漫画として面白いからだよ

 隣にあった老舗の模型屋がなくなってそろそろふた月になる。

 その昔、子供のあこがれのおもちゃと言えばプラモデルであり、プラモデルの定番は戦闘機であり戦艦だった。模型屋の前を通ると、そんな昔のことが思い起こされるような品揃えで、懐かしいというよりも「誰が買うんだろう」と不思議に感じていた。なんたって、今の子供たちは太平洋戦争なんて辛気くさいものには見向きもしない。最近のはなんだっけ、ガンダム?あのアニメ三話くらいしか見たことないんでよく知らんのよ。確か悪役がザクとかだっけ。あ、あと「親父にも殴られたことないのに」とか「ぼうやだからさ」とか言うんだよね。そのくらいは伝聞で知ってる。

 話を戻して、昔ながらの戦艦のプラモなどを買うのは、やはり私と同年代くらいのおっさんたちのようだった。ガンダムなんかより、「大和」や「長門」がかっこいい、と考えるのは、やはりこのくらいの年代以上なのだろう。

 

 子供の頃、まだまだ戦争というやつは身近だった。飯時に好き嫌いをすると「戦争があった頃は芋の葉っぱを食べた」等の話を聞かされた。テレビで戦記ドラマがやると、ああでもないこうでもないと思い出話の花が咲いた。「語りつごう」なんてわざわざ言わなくても、祖父母が日常的にあれこれと話してくれた。そして「そんなことになったらどうする」なんて言われたりして、正直鬱陶しかった。

 

 そして、子供向けの漫画雑誌には、必ず戦争ものの連載があった。

 たいていの場合はかっこいい日本の兵隊さんが、零戦とかに乗ってアメリカの飛行機をかっこよくばんすか撃ち落とす、みたいな内容だった。もうタイトルも憶えてないけど、学校で男子生徒が回し読みしてて、女子が先生にちくったりした。あれはやっぱり、みんな日常的に「こないだの戦争」について聞かされていたからだろうと思う。今似たような連載をしても、まったく人気は出ないだろう。

 そうした漫画の影響なのかどうか、当時私の周辺の小学校男子の間では、自然に「零戦最強!」「大和世界一!」な世界観が出来上がっていた。現実の歴史なんぞ何のその。戦記ヒーロー漫画では必ず最後はぼかされていて、いきなり戦後になったりしてたからね。やがて男子の間では架空戦記物のような「もうひとつの太平洋戦争@日本軍最強」みたいな物語が出来上がり、特攻隊はあらゆる兵器を打ち倒す超絶無敵戦法みたいになっていた。

 どのくらいすごいかというと、教室の隅で「原爆が落ちたらさ〜」なんてことをおくびにでも出そうものなら、日本軍大好き男子がすっとんできて、

「ざんねんでした!!落とす前に特攻隊がやっつけちゃうんでした!!」

 と霧吹きみたいにつばを飛ばしながらたちまち論破(笑)してくださるくらいだった。

 

 で、『はだしのゲン』なんだけど、連載当時の衝撃ったらなかった。

 なんたって、いい大人ですら原爆投下後の惨状について、あまりよく知らなかったんだから。子供らは無邪気に「原爆すげえよなあ」という感じで、プロレスの原爆固めと同じように語っていた。そこへ、あの連載である。私と同年代くらいだと、原爆の印象は『はだしのゲン』で固められたと言っても過言ではない。

 そして、なんといっても『はだしのゲン』は面白かった。漫画として。

 この「面白さ」というのは重要なことだと思う。

「ゲン」のおかげで、当時いろんなとこで連載されてた「かっこいい日本の兵隊さんが、零戦とかに乗ってアメリカの飛行機をかっこよくばんすか撃ち落とす」ようなのは、古びてつまんなくなって消えてしまった。その威力こそ「原爆並み」だったかもしれない。

「ゲン」が核の惨状を伝えるための単なる反戦漫画だったら、人気なんかでなかっただろうし、絶対ここまであとに残らなかっただろう。

 

 どこぞの市が『はだしのゲン』をしまいこんだとかなんとか騒いでるようだが、それもやはり「ゲン」が読んで「面白い」漫画だからだろうな、そして「ゲン」以上に面白い戦記漫画が存在しないからなんだろうな、と思う私なのだった。おしまい。

 

 

『はだしのゲン』を英語で読む