ウソをつかねば息ができないのだから

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 不要な書物を処分するのは何でもないが、持っていたい書物を事情のために手放さなくてはならなくなるのは辛い。そうした場合には、ある限りを洗い浚い出しても、まだまだこちらの思うだけの金額に達しなかったりする。そして自分には特別の思出でがあって、とりわけ愛著を感じている書物が、古本屋の店員にこともなげに取り扱われて、時にはなんとかかとかけちを附けられて、持っていかれたりするのには、身を切られるような思いがするであろう。古本屋の方は商売で買うのだから、特別に値段の方を奮発するわけにもいかないといえばそれまでであるが、そうした思いのこもっている書物を鄭重に扱う気持ちだけはあって然るべきであろう。しかしそうした殊勝な心懸けの古本屋さんが何人いるであろうかと思うと心許ない。

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 森銑三『書物』(昭和十九年刊)からの引用です。例によって、仮名遣いは現代に改めてあります。

 しかしまあ、古本屋ってのは、昔からずーーーっと同じ文句を言われてきたんですね。森氏はきっと町の古本屋というものに足を運んだことがなかったのでしょう。出入りの古籍商が本を自宅へ持ってきたんじゃないかな。

 なんで安くしか買えないかというと、安くしないと売れないからです。霞を食ってる仙人じゃないんだから、看板通り『高価買入、廉価販売』してたらすぐ店が倒れちまう。経済の基本原則です。

 

 ……待てよ、『高価買入、廉価販売』なんて出来もしないことを言ってるから、「古本屋は儲けている」という根拠のない妄説が流布されるのだろうか。

 これこそ風評被害じゃないか。自業自得だけど。

 こういうことは、「事故は終熄しました」「七年後には問題ありません」とありもしないこと出来もしないことを言うから、いつまでも風評被害が続くという、どこかそういうのと構図が似ている。

 

 が、「安く売るために安く買います」なんて言ったらお客が来なくなる。ブログにこんな文章書いてるだけでも危ういのだ。JAROから文句を言われようと『高価買入』とうたわねばならない。これは経済じゃなくて、経営や広告の原則だ。

 だから森銑三の書いたようなことを言われようが、「ずいぶん儲けるんだね」と嫌味を投げつけられようが、じっと耐えなくてはならない。

 

 東電は客が来なくなることはないが、本当のことを言ったら客の怒りを買ってしまう。だからずっと曲がった屏風みたいな建て前を口にしてる。

 しかも彼らの場合、風評被害は自分ではなくその周囲にまき散らされる。自分らはなんの痛痒も感じない。

 こんな有様では、彼等が真実を口にする日は、人類最後のときまでやってこないだろう。

 

  だからもう、東電に本当のことを言わせようとするのは、無駄だからやめた方が良いんじゃないのか。それより、外国から調査団を引き入れて、彼らの目を通して真実を知る外ないんじゃないのか。

 ……というのが、ネイチャーの社説(?)の主旨なんじゃないかと思いました。いじょ。

 

Nuclear error
http://www.nature.com/news/nuclear-error-1.13667

 

 

 

書物 (岩波文庫)