あすなろうあすなろう明日はカッコウになろう

 体格も態度も日に日にでかくなる娘でありますが、そんな娘に妻がぶちきれていうことにゃ。

「あんたはカッコウだ!きっと知らないうちに托卵されたんだわー!あたしより背が高くて手足が長くて、それなのにさっぱり勉強しないなんてどういうことよ!!」

 いやはや、これ、言葉のDVってやつですかね。流行りの。

 

 

海洋堂 森と清流 BIRDTALES-2 天然水のふるさとから カッコウとオオヨシキリ 単品

 

 カッコウの托卵について知らない人はいないと思うのでくだくだした説明は省きますが、ずーっと疑問に思ってるのは「カッコウはいつ自分をカッコウだと気づくのか」てことですね。種のアイディンティティーてのは、どのようにしてうけつがれるのか。ホーホケキョと鳴き出すカッコウはいないのか。

 そして托卵については種族間の騙し合いが数世代間隔で続いていて、そういう「知性」というのはどの辺から来るのか。自然淘汰じゃ説明がつかんのじゃないか、などなど。

 

 まあ托卵云々についてはこれからの生物学者に期待するとして、この「お前なんかウチの子じゃない」てものいいは、古今東西の家族に共通するようですね。

 ドイツでは「とりかえ子」というのがあって、知らん間に小鬼が子供を取り替えてしまうという民話があります。センダックの絵本『まどのそとのそのまたむこう』もそれがベースになってます。

 

 それから、だいたい私と同年代くらいの人なら一度は言われたことがあるんじゃないかと思うんですが、「お前はウチの子じゃない。橋の下から拾ってきた子だ」という、なんとうか、なんだろう、幼い子供に言う嫌がらせの定番みたいなものがあります。これについては本まで出てる。

お前はうちの子ではない橋の下から拾って来た子だ

 最近はあまり言わないと思いますが、昔はこれが定番でした。なんでそんなことを言うのか。まあ、レトリックについては当時問の捨て子問題が背景にあると思います。漫画でも、主人公出生の秘密が「実は捨て子だった」てのがけっこうあった。

 実は家族ってものは常に引き寄せ合ってないとばらばらになってしまう、というか、子供ってのはそういう「家庭の事情」がよくわかってないので、ちょっとかんしゃくを起こすと家族の絆をへーきで引きちぎるんですね。なので、親が前もってこういう脅しをかけるわけです。

 怪談なんかも似たような機能を持ってますが、それについては以前少し書いたので省略。

 

 さて、親子の言い争いも佳境に入ってまいりまして…

娘「残念だけど、ママの子だよー」

妻「残念って何!?カッコウだ!カッコウに決ってる!」

 延々と続くので私が嘴を容れました。

私「だいじょうぶ。ママもカッコウだから」

妻「なによそれ」

娘「えー、カッコウって?」

私「ぶカッコウ」

 

 ……おあとがよろしいようで。